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前橋地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決

原告 鶴田貞男

被告 群馬県知事

代理人 若狭勝 新井克美 滝瀬亨 小島勝 大澤栄二 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  原告の申立て

被告が、訴外茂木定雄に対し、昭和六三年九月二一日、別紙物件目録記載の各土地につきなした賃貸借契約解除の許可処分を取り消す。

二  事案の概要

1  原告の先代鶴田喜作は、訴外茂木定雄(以下「訴外茂木」という。)の先代茂木直次郎から、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件農地」という。)を賃借りしていたが、直次郎は昭和四四年八月二八日に死亡して、訴外茂木がその賃貸人の地位を承継し、他方、喜作は昭和六〇年九月二〇日に死亡して、原告がその賃借人の地位を承継していたものである(<証拠略>)。

2  訴外茂木は、被告に対し、本件賃貸借契約解除の許可申請をなし、被告は、同年九月二一日、右申請を許可する処分(以下「本件許可処分」という。)をなした。原告は、本件許可処分は、違法であり取り消されるべきである旨主張し、農林水産大臣に対する審査請求を経て、本件訴訟を提起した(当事者間に争いがない。)。

三  本件の争点

農地法第二〇条第一項は、農地の賃貸借を解除するには都道府県知事の許可を受けなければならないとし、同条第二項は、同項各号に定める事由がなければ右許可をしてはならないとしているものであるところ、被告は、原告には、賃借物を善良な管理者の注意義務をもって管理し、また、その用法に従って使用、収益すべき義務に反し、同項第一号に該当する事由があるとして本件許可処分をなしたのに対し、原告はこれを争っており、本件の争点は、本件許可事由の存否である。

四  争点に対する判断

1  農地法第二〇条第二項第一号にいう「賃借人が信義に反した行為をした場合」とは、農地法の理念である農地耕作者の地位の安定と農業生産力の増進の見地からすれば、賃借人に単に債務不履行があっただけでは足りず、それ以上に、賃貸人と賃借人との間において、賃貸人にとって当該賃貸借契約関係を継続させることが不相当であるような背信行為が賃借人に存した場合をいうものと解される。

ところで、賃借人には、賃料の支払義務を負うほかに、賃借目的物に対する善良な管理者の注意をもってこれを保存する義務が存するものであり、したがって、農地の賃借人は、農地を農地として肥培管理する義務があるというべきであるから、正当な理由なく右義務を怠り、農地を不耕作状態のまま放置することは、農地賃貸借契約の債務不履行となる。更に、賃借人の右債務不履行による不耕作状態の長期化により、農地が荒廃し、あるいは農地が農地としての現況を止めないような状況になった場合には、農地の賃借人の賃貸人に対する背信性が具体化したものとして、これを理由に賃貸人はその賃貸借契約を解除できるものと解するのが相当である。

2  そこで、本件許可事由の存否を検討する。

(一)  <証拠略>によれば、以下の事実が認められる。

(1) 亡直次郎から本件農地を賃借していた亡喜作は、本件農地に桑を植えて耕作していたものであるところ、昭和四七年ころ、君川下郷共同稚蚕飼育所における稚蚕の共同飼育に参加しなくなり、おそくとも昭和四八年ころからは、桑の手入れを全くしなくなった。このため、本件農地は、右のころから従前植えていた桑の木は雑木同然に伸び放題となって、高いものは数メートルの高さにまで達し、その枝が隣接地である訴外金井造酒蔵所有の農地にまで伸びてくるようになり、右農地上の作物の生育に影響を及ぼすまでになった。

(2) そこで、訴外金井は、昭和五二年ころと昭和五七年ころの二度にわたり、亡喜作に対し、本件農地上の桑を手入れするよう要請したが、同人は、右要請に応ずることなく本件農地を放置していたため、同訴外人は、仕方なく、自分の農地上に伸びてきた桑の枝については、自らこれを切断するなどして対処していた。

(3) 亡喜作及びその承継人である原告は、その後も、本件農地を耕作することがなく、本件許可処分がなされる三か月程前である昭和六三年六月当時には、桑が伸び放題となっていたことはもちろんのこと、その他の自生の雑木や雑草が、農地の一面に繁茂した状態にあり、農地としての現況を止めていないばかりか、天然の雑木林のような様相を呈していた。

(4) 原告は、本件農地のほかに約一万三〇〇〇平方メートルの農地を所有しているが、昭和五八年以前から、右のうち約二〇〇〇平方メートルを耕作し、約四〇〇〇平方メートルを酪農家に対し採草地として賃貸し、残りの約七〇〇〇平方メートルは、本件農地と同様全く耕作することなく、放置したまま荒れるに任せていた。

(5) 訴外茂木は、昭和五八年ころから、本件農地の不耕作状況に照らし、原告には、本件農地を耕作する意思がないものと考えるようになり、本件農地を返還してもらうべく、昭和六一年ころと昭和六三年ころの二回にわたり直接原告に対し、本件農地の返還を申し入れたが、原告はこれを拒否した。更に、訴外茂木は、昭和六三年三月ころ、反当一六〇万円として計算した合意解約料を提供して合意解約を申し入れたが、原告はこれも拒否した。

(6) そこで、訴外茂木は、昭和六三年四月一〇日、原告を相手方として、前橋地方裁判所富岡支部に本件農地の一部の返還を求める農事調停の申立てをなした。右調停において、調停委員から、訴外茂木が代替地を提供する代わりに原告が本件農地を返還するという提案がなされ、同訴外人はこれを受諾したが、原告は「本件農地に愛着がある」旨述べて右提案を拒絶したため、調停は不調に終わった。

(7) 訴外茂木は、右に述べた経過から、話し合いにより原告に本件農地を返還してもらうことは無理であると考え、原告の債務不履行を理由に、本件賃貸借契約を解除することとし、前記のとおり、被告に対し、本件許可申請をなし、本件許可処分がなされた。

(二)  右認定事実によれば、亡喜作及び原告(以下、両名を「原告ら」という。)は、約一五年の長期間にわたり本件農地を耕作せずに放置してきたものであり、このため本件農地は、本件許可処分当時はもちろんのこと、おそくとも昭和五八年ころからは、農地としての現況を全く止めず、雑木林のような状態になっていたものであるから、右のような原告らの行動は、農地の賃借人としての善良なる管理者の注意義務に違反し、本件賃貸借契約の債務不履行に当たることはもちろんのこと、一五年という長期の不耕作状態及び自作地の大半を放置しているという状況に照らせば、原告らにはそもそも本件農地を耕作する意思がないものと推認されるのであり、これほどの長期にわたる不耕作の事実並びにその結果としての本件許可処分当時の本件農地の状況という事実に、前記(一)(5)ないし(7)で認定した本件許可処分に至る経過における原告及び訴外茂木双方の対応を総合考慮すれば、原告には、農地の賃借人として賃貸人である訴外茂木に対し、善良な管理者として賃借物を管理しないという背信行為に該当する事由が存したものといわざるを得ない。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五一、二年ころ、自動車の追突事故に遭い、右事故の後遺症により現在も通院していること、更に、原告は、昭和六一年ころ、建築現場で落下事故に遭い、頭を打ったほか左腕を骨折し、二ヵ月半程入院したことがあることが認められたものの、他方、<証拠略>によれば、原告は、右二度にわたる事故の間である昭和五七年に、富岡市議会議員に立候補し、あるいは自己所有地の一部を耕作していることが認められるのであるから、右事故による後遺症や負傷入院等ゆえの健康事情のみをもって、一五年に及ぶ不耕作状態を正当づけることはできないものと解される。そして、本件全証拠によるも、他に、原告らに本件農地の一五年に及ぶ不耕作状態を正当ならしめるような事情が存することを認めるに足りる証拠はない。

3  以上によれば、本件許可事由が存したことは明らかであるから、被告のなした本件許可処分は適法なものである。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川波利明 高橋祥子 大久保正道)

物件目録

一 群馬県富岡市大字星田字山ノ神乙八四二番

畑 四四六平方メートル

一 右同所甲八四二番

畑 一四二八平方メートル

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